障害のある子を見るということ。私たちが最初に見落としてしまう、いちばん大切なこと
障害児」という言葉があります。 私たちはこの言葉を日常的に使いますが、文字通りに分解すると「障害を持った、子ども」ですよね。 でも、私たちは普段、どちらの言葉に重きを置いて彼らを見ているでしょうか。 気づけば「障害」の部分ばかりに目を奪われてはいないでしょうか。 「何ができないのか」「どうやって支援するか」「将来どう生きていくか」……。もちろん、これらは公的なサポートや教育の現場、そして親御さんにとっても死活問題であり、目を背けられない大切なことです。 しかし、そればかりに気を取られていると、大切なものが見えなくなってしまいます。 私たちが本当に興味を持つべきなのは、後ろにくっついている「子ども」という部分ではないでしょうか。 障害の有無に関わらず、彼らは一人の瑞々しい「子ども」です。 大好きなキャラクターの動画を見て、ひっくり返って笑う お気に入りのミニカーを独特の角度から眺めて、うっとりしている 叱られたときに、あからさまに「プイッ」とそっぽを向く おやつが欲しくて、あの手この手で甘えてくる これらはすべて、障害の特性である前に、その子が持つ「子どもらしさ」であり、その子自身の「輝き」です。 「障害があるから、これを教えなきゃ」と身構える前に、「この子はいま、何が面白くて笑っているんだろう?」「どんな世界が見えているんだろう?」と、一人の子どもとして純粋に興味を持ってみる。 「障害」というフィルターを一枚外して、その子の「子ども」の部分に興味を持つと、世界はガラリと変わります。課題や問題ばかりだった日常に、クスッと笑える瞬間や、愛おしい瞬間が溢れていることに気づくはずです。 彼らは「障害」を生きているのではありません。 「子ども」という、人生で一度きりの特別な時間を、一生懸命に生きているのです。 まずは一人の魅力的な「子ども」として、彼らと出会うこと。 そこから、本当の意味での理解や、あたたかい関係が始まるのではないかと私は思っています。